チーム紹介
高知ファイティングドッグスは、高知県唯一の
プロスポーツ組織として、スポーツの力で
高知県を盛り上げます。
「若者にチャレンジの場を」という想いから、2005年に四国アイランドリーグの
発足と同時に高知ファイティングドッグスは誕生しました。
日々変化する社会の中で、常に求められる存在であり続けるために、球団の存在意義、価値向上へ取り組み、
これからも「若手の育成」「高知県の活性化」に貢献していきたいと考えています。
高知ファイティングドッグス紹介
球団理念
野球界の底辺拡大と選手の育成、
地域の活性化と地域貢献、地域における人材育成
球団ビジョン
球場が世界中のファンで活気に満ち溢れている
世界に「夢」「笑顔」「挑戦」を届けている
球団ロゴ
マスコットキャラクタードッキー
ロゴ・キャラクターデザイン
大岩 Larry 正志
<プロフィール>
スポーツデザイナー/ボイスアクター
過去に西武ライオンズ、福岡ソフトバンクホークス、現在は楽天イーグルスと同時に東京ヤクルトスワローズのユニフォームやグラフィック、ロゴなどのデザインを毎年手掛けている。
その他、Jリーグ・モンテディオ山形、Bリーグ・滋賀レイクスターズや仙台89ERS、カーリング女子・北海道銀行フォルティウス、スーパーラグビー・サンウルブズにおいても同様のチームデザインを担当するなど、スポーツデザインでは国内随一の実績をもつ。
また、Larryとしてアニメ「ザ・ワールド・オブ・ゴールデンエッグス」では50ものキャラクターの声をアドリブで演じている。
球団の歩み
2005年 | リーグ優勝 初代監督に藤城和明氏就任 | |
2008年 | 定岡智秋氏が監督に就任 | |
2009年 | 年間総合優勝 独立リーグ日本一 | |
2011年 | 独立リーグ初の単年黒字化達成 | |
2014年 | 弘田澄男氏が監督に就任 | |
2015年 | 藤川球児氏が入団 | |
2016年 | 駒田徳広氏が監督に就任 | |
2017年 | マニーラミアス氏が入団 | |
2020年 | 吉田豊彦氏が監督に就任 | |
2022年 | 年間総合優勝 |
2005年 | リーグ優勝 初代監督に藤城和明氏就任 | |
2008年 | 定岡智秋氏が監督に就任 | |
2009年 | 年間総合優勝 独立リーグ日本一 | |
2011年 | 独立リーグ初の単年黒字化達成 | |
2014年 | 弘田澄男氏が監督に就任 | |
2015年 | 藤川球児氏が入団 | |
2016年 | 駒田徳広氏が監督に就任 | |
2017年 | マニーラミアス氏が入団 | |
2020年 | 吉田豊彦氏が監督に就任 | |
2022年 | 年間総合優勝 |
NPBで活躍する現役OB選手紹介!
千葉ロッテマリーンズ
3 角中勝也
<プロフィール>
石川県出身 外野手 右投左打 1987年5月25日生まれ(36歳)
日本航空第二高等学校 - 高知FD(2006) - 千葉ロッテマリーンズ(2007 -)
2006年高知FD入団。高卒入団ながら開幕スタメンを勝ち取り、その年ドラフト7巡目でロッテに入団。Npbでは首位打者2回(12、16年)、最多安打1回(16年)のタイトルを獲得するなど球界を代表する選手に。
阪神タイガース
69 石井大智
<プロフィール>
秋田県出身 投手 右投右打 1997年7月29日生まれ(26歳)
秋田工高専 - 高知FD (2018-2020) - 阪神タイガース(2021-)
2020年NPBドラフト会議にて阪神より 8 位指名を受けNPB入り。入団1年目の開幕戦では、1点リードの場面で起用されるなど、チームからの期待は高く、2年目の今シーズン防御率0点台の活躍。3年目は44試合に登板し、38年振りのNPB日本一へ大きく貢献した。
福岡ソフトバンクホークス
48 藤井皓哉
<プロフィール>
岡山県出身 投手 右投左打 1996年7月29日生まれ(27歳)
おかやま山陽高校 - 広島東洋カープ(2015-2020) - 高知FD(2021) - 福岡ソフトバンクホークス(2022 -)
2020年に広島を自由契約となり高知FDへ入団。リーグ最多奪三振記録を更新する活躍を見せ、同年ソフトバンクと育成契約。2022年開幕前に支配下登録され、セットアッパーとしてチームのCS進出に貢献。2023年は先発ローテーションを任され5勝をマーク。
東北楽天ゴールデンイーグルス
72 宮森智志
<プロフィール>
プロフィール
広島県出身 投手 右投右打 1998年5月28日生まれ(25歳)
呉商業高校 – 流通経済大学 - 高知FD(2021) - 東北楽天ゴールデンイーグルス(2022 -)
2021年npbドラフト会議にて楽天より育成1位指名を受けnpb入り。入団1年目の7月に支配下登録されると、新人初登板から22試合連続無失点の日本タイ記録を樹立するなど、大躍進を遂げた。